札幌地方裁判所 昭和55年(ワ)560号 判決
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【判旨】(関係者仮名)
一原告が昭和四八年三月一五日、甲野ハナ子と結婚し、同人の戸籍に入籍したこと、昭和五三年七月一七日、離婚の裁判が確定したことによつて原告が右甲野ハナ子戸籍から原告戸籍に復籍したことについては当事者間に争いがない。
二原告及び田中との関係については、<証拠>によれば、原告は昭和五三年一二月頃、勤務先において田中と知り合い、昭和五四年九月頃、前妻(甲野ハナ子)との婚姻関係は解消したことを前提に交際を始めたこと、その後田中は札幌市北区所在の当時の原告方へ足繁く通うようになつたこと、同年一二月二五日頃に右両名間に明確な結婚の合意が成立するに至つたことがそれぞれ認められる。
更に<証拠>によれば、田中は同年一一月二九日には住民票の登録を同居人名義で原告方に移転したことが認められるから、右事実によれば、田中はこの頃から原告と事実上同居ないしそれに近い生活をしていたものと推認することができる。証人田中及び原告本人はいずれもこれを否定する供述をなすが、登録移転の理由として証人田中の挙げる息子達が独立できるかどうかと見るためというのは、現実の住居ならともかく、住民登録だけを移転する理由になるとは思われず、前記供述はいずれも採用できない。
三次に本件婚姻届が提出される前後の事実を見るに、<証拠>によつて認められる事実に、当事者間に争いのない事実を勘案すれば、以下の通りの一連の事実を認定することができる。
1 昭和五五年に至つて原告及び田中は、吉日を選んで婚姻届を提出することとし、そのための手続は田中が行なうことになつて、まず同人は二月二〇日、被告の中央区長から原告の戸籍抄本の交付を受けたが、右中央区長金子力がこの時作製・交付した戸籍抄本は、原告の戸籍簿の第一葉右半分のみを謄写したものを認証したものであつた。
右抄本によれば、原告は前記甲野ハナ子との婚姻によつて同人の戸籍に入つたことまでが表示されているので、原告と右甲野が婚姻中であることが読み取れるのであるが、原告が甲野と離婚して原告の戸籍に復籍したことを示している部分(原告の戸籍簿の二葉目左半分)が欠落しているので、その時の原告の身分関係を誤つて表示していることになり、戸籍簿を十分確認せずにこのように不完全な戸籍「抄本」を作製・交付した被告吏員の過失は明白である。
しかし、被告は同月二七日に至るまで、これに気づかず、右戸籍抄本の不備を是正するための何らの措置も取らなかつた。
2 同月二六日昼頃、田中は原告との間の婚姻届に前記戸籍抄本を添えて被告の北区役所窓口に提出したところ、窓口担当者関誠は、原告が右抄本上甲野ハナ子と婚姻したままになつていることから、原告が重婚になるとしてその受理を拒否した。
被告はここで、関が東区役所に電話照会して原告の復籍を確認した上、田中に対して原告に婚姻障害はない旨、北区役所では婚姻届出に原告の復籍後の戸籍抄本が必要であるが、中央区役所ではこれを必要としない旨を説明し、田中はこれを了承したと主張するが、これを認めるに足りる適確な証拠は存しない。
3 田中は窓口で重婚と言われたことに驚き、電話で首尾を問い合わせて来た原告に、この旨を知らせた。そこで原告も驚いて自ら北区役所の関に架電して事実を質したところ、関は田中が持参した戸籍抄本では原告が前妻と婚姻したままになつているので、婚姻届は受理できないと答えた。
4 田中は、原告が前妻甲野ハナ子との関係は清算済みであると自分を騙していたからこういう事態になつたのであると考え、同日夜、改めて原告方を訪れ、原告を詰ると共に破談を申し入れ、原告と口論した。
そこで原告は田中と共に同日午後一一時過頃、被告の中央区長金子力の自宅に電話をして事実を確認したところ、金子区長はその場で調査の上、田中を介して原告に交付した戸籍抄本に不備があつたことを知り、被告側の非を認めて翌二七日に二六日付で原告の婚姻届を受理する旨を伝えたため、原告はもとより、田中もこの段階で、原告の戸籍抄本の内容が誤つていたことが紛糾の原因であることを知つた。
5 被告の中央区長金子力は翌二七日、事態の善処を図るため、中央区役所の金谷永悦に命じて、原告の復籍後の戸籍抄本を作製させて北区役所窓口に届けさせ、原告の来庁・届出に備えたが原告は来庁しなかつた。金谷は同日夕方から原告方を訪問したが連絡が取れなかつたため、翌二八日、原告方にしばしば電話をかけ、午後七時頃、連絡が取れたので、区長から二六日付で婚姻届を受理するように指示されているが、いつ頃届を出すかと尋ねたところ、原告は、田中の事情ですぐに届を出すことはできないが、届が出せるようになつたら改めて戸籍抄本を取りに行く旨を答えた。
四そこで、前項までで認定した事実を前提として、被告の不完全な戸籍抄本の作成・交付によつて原告が被つた損害について検討する。
原告は、これによつて田中が原告に騙されていたと衝撃を受けて原告に破談を申し入れ、原告の説得に対しても遂に翻意しなかつたと主張し、確かに証人田中春子は右主張に沿う供述をなす一方、現在に至るまで原告及び田中が結婚していないことは明らかであるが、原告の主張するように前記の不完全な戸籍抄本の作製・交付が直ちに原告・田中間の婚姻を阻害したのかどうかたやすく心証を得ることができない。
即ち前記の通り(第二項後段)、原告及び田中は本件婚姻届の提出に先立つ約二箇月間、事実上同居に近い生活状態であつたとみられること、また証人田中春子が原告の前妻との関係は清算済みであると説明されていたことや、長年付き合つて原告のことは十分わかつていて信用していたと証言していることから判断すれば、田中は原告を十分信頼していたと考えられるから、戸籍抄本上のミスによつてたちまち心変わりするということが多少腑に落ちない点が残るだけでなく、既に述べた(第三項4)通り、本件婚姻届が一旦提出された同月二六日深夜には田中が原告と共に中央区長金子方へ電話したことによつて原告に重婚の事実はなく、戸籍抄本の不備による被告側の過誤である旨及び翌二七日には、二六日付で婚姻届が受理されるよう中央区役所が取り計らう旨が判明していたのであるから、田中が原告の説得より被告の書類である前記戸籍抄本の方を信用して遂に翻意しなかつた旨の原告の主張は採用し難いし、また原告と二六日夜に口汚い口論があつたことを破談の直接的原因とする証人田中春子の証言にしても、同証言によれば、田中が同日、原告方へ赴いたのが午後九時頃であるから、田中にも戸籍抄本の過誤が明らかになるまで二、三時間の間口論があつたとしても、既に原告と結婚することを約束し、今後の半生の苦楽を共にすることを決意していた田中が、分別盛りの年齢(四三才)にも拘らず、右の一事のみをもつて、それまで十分信頼していた筈の原告の説得にも途端に耳を貸さないまま突如結婚を断念したというのにも、にわかに信を置き難いのである。
加えて、<証拠>によれば、原告がその後である同年四月一九日、社会福祉法人北海道福祉協議会に世帯更生資金の借入申込をするにあたり、田中がその連帯保証人となつたこと、右福祉協議会が同年五月八日に原告から借用証を徴したところ、田中は同月二日に交付を受けた同人の印鑑証明書を添えて原告の債務を連帯して保証したことが認められ、更に弁論の全趣旨によれば、前記二月二六日以降も原告及び田中は頻りに接触した形跡があるのであつて、破談後に会つたのは贈物の返還等事後処理のための二回のみであるとする証人田中及び原告本人の各供述はいずれも措信することができない。
結局、被告が発行した原告の前記戸籍抄本に不備があつたことが原告・田中の結婚が破談に追い込まれたことの原因だとする原告の主張は採用することができないのである。
五しかしながら更に考えてみると、原告は前記二月二六日、被告の北区役所へ電話した際、窓口の担当者から、書類上は前妻と結婚したままになつていると言われてその日は婚姻届を受理されず、また同日夜、田中から自分を騙していたのだろうと詰られた(第三項4)のであるから、これらの事実に接した原告が大いに驚き、困惑したのであろうことは容易に想像されるところであり、事態の赴くところ深夜に田中と口論することを強いられたということを含めて、これらはすべて被告が、前記のような不完全な戸籍抄本を作製・交付したことに起因することは明らかである。してみれば、被告は原告に対し、原告の前記のような驚愕、困惑という精神的苦痛に対し、これを慰藉すべき責任を負うことは言うまでもなく、原告の被告に対する本件慰藉料請求は右の限度において理由があることになるのである。而してその金額については、既に述べた諸般の事情を考慮して、金一〇万円をもつて相当であると考える。
要するに本件は、被告が戸籍事務の管掌という公権力の行使に際し、市民生活に関係の深い、しかも身分関係を公証する重要な書類である戸籍抄本を作製・交付するに当つて必要な注意を怠り、原告にとつてはその離婚による復籍部分という最も肝心な部分が欠落した抄本を発行したことによつて今日の事態を招いたものである。
(村重慶一 西野喜一 岡野剛)